有限会社へリング 代表
はじめて宣告されたときは、「これはドッキリカメラか!」と思いましたね、間違いなく。「あり得ない」と思いました。「こういうの夢って言うのかな?」と現実をぜんぜん受け入れられなかったですね。ある映画のシーンみたいな感じかなぁ。ガーン!とか言うんじゃなくて、「嘘だぁ〜」みたいな軽いノリの感じとでもいえばいいか……。
認識しだしたのはどれくらいからですか?
その日帰ってからですね。結構パニクってしまいました。「え〜信じられない」って感じでした。次の日朝起きて目が覚めたときに、病院の袋とかあるじゃないですか。「やっぱり夢じゃないんだよなー」って愕然としました。紹介状も貰ってきていましたから、「あ、本当だ」。内視鏡の写真もあったから、「あー本当なのかな? あれー?」 みたいな感じでしたね。 内視鏡で撮るときに、麻酔で寝てしまいましたから、どこか、ボーっとしたところがあったんでしょうね。何か嘘っぽかったんですよ。それが本当に醒めてから真実だと理解しました。
「良いことと悪いことはセットだ」と思ったんですよね。悪いことは「まぁしょうがない。そんなもんだよね。しかたないよねぇ」っていうふうに割り切って考えました。そして、それを乗り越えなければ、決して良いことは起きないんだっていうことを、トレーニングの中で学びました。 それと、僕の生きる指針にもなっている「悩んだらチャレンジ!」です。人は可能性があるから悩んだりするわけだから、悩むことは全部チャレンジすべきことなんだって思って、実行し、即行動に移してきました。
「がん」になった理由というのは、環境とかいろいろとあるんだろうけれども、今現在の僕の中では、「世紀末が来ていつか病気になるから」とか、「どうせ世紀末だから就職しても意味ないし」とか、「世紀末だからどうせ終わるし」といった、マイナス思考が僕の中の「がん」を引き起こした原因じゃないかなと思っています。僕はがんを宣告されるまでは、完全な「世紀末論者」だったんですよ。証明はできないけど、それが一番大きかったような気がしますね。たまたまかもしれませんが、僕ががんを宣告されたのは、1999年8月。僕は真剣に1999年8月に世紀末が来て、この世はすべて終焉を迎えると思っていましたから。強い思い込みですけどね。 そんな僕がどうしてポジティブに変われたかというと、能力開発のトレーニングなどを受けると、「ポジティブに生きなきゃいけない」って言われますけど、僕ってとことんネガティブが染み付いているじゃないですか。だから、最初からポジティブになったわけじゃなくて、今もそうですけど、ネガポジみたいな感じなんですね。ネガが残ってるけど、一生懸命、日々ポジティブに考えようとして、今もまだその途中っていう感じなんです。でもそのポジティブがだんだん多くなってきています。ネガを色々なトレーニングや、言葉などで、一生懸命葛藤して乗り越えようとしているだけなんです。振り返って「良くなかったんだな〜」っていう感じです。パーンと変わったわけじゃなくて、日々、「大丈夫、大丈夫」とか、一生懸命自分に言い聞かせながらポジティブに考えることが多くなってきたんですね。だんだん慣れてくるって言うか、すぐには身につかないんだってことは経験しましたね。
なかなか感謝を表現できないっていうか、照れたり、上手くいえなかったりすることがあるんですね。親に感謝したりとか、仲間にありがとうとか、なかなか言えない照れ屋な部分があるんです。だから「感謝」というのがものすごいテーマで、それを上手く、素直に、照れずに表現することができればいいなと思います。特に親。一番感謝しなきゃいけない親に一番言えない。それに身近な仲間にも、感謝があるんだけど言えない。感謝を言おうとすると、「もっとこうした方が今日は良かった。悪かったですよね」とネガティブ表現になっちゃう。改めたいと心底思います。 それと、僕は口でのやり取りが好きだから、それを上手く使ってもっと世に出たいなぁ、ということで、テレビにでて評論家ができたらいいなぁと思っています。評論家は大げさだとしても、コメンテーターを目指したいですね。そこで僕は、「明るい障害者」として、ともかくも成功できた手段に対して、感謝を形にして表現したいんですね。それに貢献って言うのかな、今の状況の中でも、できた自分を最大に表現し、分かち合いたいと思います。障害者がもっと陽の目を浴びる、チャレンジできる手段があることをお伝えしたい。変わった生き方をしていようが、非社会人や、パチプロでもやり直せる手段があるということです。この日本という国では、「がん」になってもやり直せるし、障害者になっても、あなたの考え方次第で変えられるんだっていうことを知らせるためにもね、真剣にテレビに出たいと思いますよ。できれば、田原総一朗さんの「朝まで生テレビ!」に出たいですねぇ。
病気は決して偶然じゃない、必然だと思います。病気っていろいろとあるけれども、僕の場合は、先ほども話したように考え方でなったと自分で思うんですよね。だから、それは乗り越えるべき何かの思(おぼ)し召しのように思えます。神様は必ず乗り越えられるものしか与えないってどこかで聞いたことがあるんですけど、人はきっと何があっても自分の考え方一つで、乗り越えられるように訓練されていくんだと思います。だから、がんに罹ってしまった人でも、自然治癒力もあるし、いろんな良いものも世の中にはあるし、何かを使い、自分の考え方で変えられるはずだから、絶対に乗り切って欲しいなって思います。
坂井正人(さかいまさと)プロフィール
1967年7月21日静岡県生まれ。 大学卒業後、約14年間をパチプロとして過す。 1999年直腸がんが見つかり、骨盤内全摘出、肛門、直腸、前立腺、膀胱を完全に失い、大腸の40%を失う。 その後人工肛門、人工膀胱を付着する第4級身体障害者となる。 現在は、携わっているビジネスを拠点に、講演活動中心の生活を送っている。 (http://www.sakaimasato.com/)